君の隣で見る夢は

 

銃声。悲鳴。逃げ惑う足音。疾る戦闘機。

イタリアはたまにそんな夢を見る。

このご時世。決して、自分の周りも平和ではなかった。

生きていただけマシだと思える程、命の危機に晒されたのは一度や二度ではなかった。

 

その恐怖心が数ミリでも残っているのだろうか。

人より何十倍も臆病者の自分のことだから、簡単にこの気持ちを振り払えるものでないことは重々分かっている。

だからこそ。

ドイツのベットに腰掛け、シーツにくるまりながら、イタリアは窓から見える夜空を見上げていた。

いつもなら簡単にぐっすり眠れて、睡眠を貪っている時間帯。けれど、また今日も目はばっちり冴えていて。

自分の呼吸音すら、はっきりと耳に届くほどの静寂。

今夜はよく冷える。

小さな呟きと共に零れる息も白くて、それが一段と寒さを助長させているようで、ブルッと体が震えた。

「ヴぇ。ドイツ、まだ帰ってこないのかなぁ」

投げ出した足をぶらぶらと漕ぎながら、きゅっと包んだシーツを口元まで上げれば、なんだかドイツの匂いが届いたような気がして、

寂しさが喉元までせりあがってきた。

 

3日。

ドイツがこの家を開けてから、もう3日も立つ。

手が足りないからと上部に呼ばれて、泊まりがけで戦地に行った彼。

最前線ではないからと、ただ芳しくない戦況を打破するための知恵を絞りに行くだけだと、彼は笑っていた。

だから、大丈夫だと見送った。そのはずだった。

手があけば連絡すると言ったのに、とイタリアは心の中で愚痴ってみる。

「ドイツの馬鹿、頑固、頭でっかち、ええとそれから、ムキムキで、怖くて」

でも、優しんだ。頭、ポンポンしてくれるし、抱きしめられると、温かいし。

結局、自分は心細くて仕方ないだけだと、イタリアは思う。

ドイツが横にいてくれるだけで凄く安心して、怖い夢なんかへっちゃらで。

 

穏やかな朝。

イタリアが目を覚ますと、いつもドイツは起きていて、俺に朝のキスをくれる。

その度に、イタリアは幸せを実感する。彼の腕の中はとても居心地がいい。

 

「俺が寝不足で死んじゃったら、ドイツのせいだからね」

ころんと体をベッドに倒して、いつもは彼が寝ているはずの片隅の空白に手を添えてみる。

「早く帰ってきてよ。じゃないと俺、寂しくて浮気しちゃうよ」

夜空はきっと彼に続いている。祈るように、イタリアはそっと目を閉じた。

 

 

銃声。悲鳴。逃げ惑う足音。疾る戦闘機。

その全てから自分は逃げる。走っても、走っても追い掛けられて。

やっと見つけた木箱の中で、目を瞑り、耳を塞いで、ひたすら震えていた。

戦争なんか嫌い。死にたくなんてない。戦いなんて大嫌い。

一体、いつまで自分は逃げればいいのだろう。

いつになったら、開放されるのだろうか。

 

怖くて怖くて、静かに身を潜めていた。

 

夢を見る。

自分はまだあの空虚な時間を漂っている。

まだあの暗闇の中にいる。

確かに光を見たはずなのに。

 

「・・ドイツ」

 

開いた蓋の先にいたのは。

 

「ドイツ」

「なんだ」

「え?」

聞こえるはずのない声。ぼんやりと目を開けたら、困った顔をしたドイツ。

夢の続きかと思って、イタリアはこんな都合の良い夢なら大歓迎だとへらっと笑った。

その途端、ドイツが大げさに溜息をついたものだから、ずいぶんこの夢のドイツは本物そっくりだと呑気にイタリアは思う。

「全くお前は」

スッと瞼を擦った指の感覚はとてもリアルで、やっとぼけた頭がクリアになっていく。

「また、泣いていたのか。本当に仕方のない奴だな」

「ドイツ?」

「他に誰だと言うんだ。まだぼけているのか?」

少し怒ったような、いつものドイツの声。

「だいたいもう昼だぞ。俺がいないからと怠けていたんじゃないだろうな。お前はもっとしっかりと」

「ドイツー」

飛び起きて、思いきり抱きついてきたイタリアを支えきれずにドイツは床に背中を強く打った。

「いてて、何なんだ。お前は」

「ヴぇ、ヴぇ。ドイツ。寂しかったよ。俺、ドイツがいないとダメだよー」

「何だ。軟弱な奴め。まだ数日しかあけてないだろう」

「もうどこにも行っちゃ嫌だよ。」

胸に顔を押し付けて、えぐえぐと泣くイタリアを宥めるように頭を軽く撫でてやる。

その仕草と声音が思いのほか優しくて、イタリアは強張っていた体の力を抜いた。

そして、そろそろと顔をあげる。そこには照れくさそうな仏頂面の彼の姿。

 

安心する。

 

「ドイツ」

「ん?」

「おかえり」

ぐしゃぐしゃな顔で、嬉しそうにイタリアは笑った。

「あぁ、ただいま」

えへへとイタリアはそのまま支えてくれるドイツの胸に寄りかかった。

とくんと心臓の音がして、もう自分はひとりじゃないんだと思い知る。

大好きだよ、ドイツ。

ふっとイタリアの体の重みが増えたので、ドイツは怪訝に思い、顔を覗き込んだ。

「折角、帰ってきたのにまた寝るのか。お前は」

スゥスゥと寝息まで聞こえてきて、熟睡しているらしいイタリアにドイツは呆れたが、

まぁ、いいかと抱き上げて、ベッドに転がしてやる。

「あんな泣き顔よりはマシだな」

その横に転がりながら、幸せそうに寝言をぶつぶつ呟いているイタリアを抱き込んで、ドイツも目を瞑った。

疲労と温もりからか。すぐに眠気が襲ってきて、二人分の寝息があたりを包む。

 

久しぶりにイタリアは幸せな夢を見て、よく眠った。

 

起きたらまず「おはよう」って挨拶をして、キスを贈ってもらおう。

恥ずかしがり屋のドイツのことだから、きっと自分からはしてくれないだろうけど。

でも、催促して困ったドイツを見るのもきっと面白い。

 

うふふと蕩けた意識の中でイタリアは思う。

もう怖くない。だってドイツがいてくれるから。


怖い夢はもう見ない。