イタリアは感情も表現もストレートだ。
好きなものは好きと言い、泣きたい時には大声で泣く。
そのせいで困らされている反面、羨ましいと思うときがある。
「ドイツ、俺、ドイツが好きだよ」
日課と呼べるほど、呟かれるイタリアのその言葉。
裏表なく向けられたその気持ちが、単純に嬉しいと、思う。
けれど、俺はそういうことに疎く、不器用で。
「好きだ」なんて、求められなければ伝えられない。
俺はあいつにどれくらいの想いを返せているのだろうか
たった一つの言葉を君に
仕事の合間、外に出る用事が出来、入口に向かったドイツを待っていたのは外の壁にもたれたイタリアの姿。
口ずさんでいた能天気な鼻歌はドイツを見つけたことによって、ぴたりと止む。
どうやら自分を待っていたらしい。
そうして、満面の笑顔で駆け寄ってきたイタリアにふっと顔が綻んだのを、一緒にいた日本は見逃さなかったらしく、くすっと笑われてしまった。
ドイツは咳ばらいでごまかして、顔を引き締めた。
「どうしたんだ?」
「ドイツ、まだ仕事終わらないの?」
「あぁ、もう少しかかりそうだな」
ちらりと時計を見て、ドイツは残っている仕事の量にかかる時間を計算して答える。
「ちぇー。そっか・・」
がっかりと肩を落としてイタリアは「せっかく、一緒に帰ろうと思ったのにな」と呟いた。
「それでずっと待っていたのか?」
「そうだよー。近くまで来たからさ、ドイツに会いたくなったんだ。あ、でもね、俺ね、結構待ってるの楽しかったよ。
ずーっとドイツのこと考えてたし。ドイツ、俺のこと歓迎してくれるかなとか、それからハグしてもらおうとか、帰り道手をつないでもらおうとか
あとね、寄り道して・・」
「分かった!」
ドイツは大きな声を出してイタリアの言葉を遮る。傍から聞けば好き好きと公言している内容。
しかし、そんなことを気にもしていないイタリアはドイツが止めた理由が分からずきょとんとしている。
「充分、お前の言いたいことは分かったから。頼むから、それぐらいにしてくれ」
にこにこと邪気なく言われてはドイツも日本の目の前だと怒る気になれない。
照れくさそうにちらりと日本を見れば、何故かにこやかに頷いている。
「そうですか」
「何がだ」
「いやいや、若い人はいいですねぇって話です」
「・・日本。頼むからその訳知り顔はやめてくれ」
項垂れるドイツに「いいじゃないですか」と日本はにっこりと笑う。
「そんな恥ずかしがることじゃないと思いますよ」
「何、何。俺も仲間に入れてよー」
「イタリア君とドイツさんが仲良くて私は嬉しいって話です」
訳が分からないらしくイタリアはうーんと唸っている。
「さてと、ではイタリア君のためにも早く終わらせないと駄目ですね」
「は?待て、まだ」
「本当?俺待ってるよ。ドイツ、俺待ってるからね」
間髪入れず、嬉しそうにイタリアがはしゃぐものだから、ドイツはもう否定の言葉を言えなくなった。
全く、俺も甘いな。
ドイツは仕方ないと明日に回せる仕事を探り始めた。
「悪いな、日本」
「いいえ。謝ることではないですよ」
「だが」
「求められることは幸せなことですよ。正直、私は何のしがらみもなく、はっきりと言葉や態度で表せるイタリア君が羨ましいです」
何故か自嘲じみて言う日本に、俺はこの間日本から相談された「恋人」のことを思い出す。
お互いに素直になりきれず、すれ違うことが多いので大変なのだと聞かされた。
日本から比べると、どちらかがはっきりしている自分たちは確かに恵まれているのかもしれない。
「そう、だな」
ドイツも同意する。それは正直な気持ちだ。
「想いは形にしないと伝わりませんから」
そう言った表情は穏やかだったので、日本の幸せを思って、ドイツはほっとした。
相手はどうあれ、大切な数少ない友人の一人にはうまくいってほしい。
「想いは形にか」
誰に言うこともなくドイツはひとり反芻する。
今頃、自分を待ち詫びているイタリアは退屈を持て余して拗ね始めている頃だろう。
それでもきっとドイツが声をかけたら、文句を言いながらも晴れた顔で迎えてくれるに違いない。
そんな瞬間。イタリアが愛おしいと感じる瞬間。
だからこそ。
これ以上、イタリアを待たせるわけにはいくまいと、ドイツはいつもの倍速で仕事に取り掛かった。
そうして、仕事を早めに切り上げた帰り道。
イタリアのしつこいお願いもあって、二人の手は固く繋がれている。
ぶんぶんと音が鳴りそうなほど、腕ごと振って歩くイタリアにドイツはおいっと声を荒げる。
「こら。もう少し大人しくできないのか」
「ヴぇ」
「全く。はしゃぎ過ぎだ。一人で先に歩こうとするな。一緒に帰るんじゃなかったのか」
「うぇー。」
「何だ、その顔は」
しょぼんとしてしまったイタリアに、はぁっとため息をつくと、ぐいっと手を引いて一歩前にいたイタリアの足を自分の隣に並べてやる。
「ほら、こうでないと歩きづらくて敵わん」
そして、歩き出したドイツのペースはいつもよりゆっくりで。
イタリアはなんだか無性にドイツに抱きつきたくなった。
「ねぇ、ドイツ」
「何だ」
「えへへ。」
「気持ちの悪い奴だな」
「だって、大好きだなって思って」
イタリアのいつもの心からの言葉。
だけどいつもと違うのは。
「俺もだ」
少し、間をあけて届いたその台詞にはっと、イタリアはドイツの顔を見あげる。
ほんのりと耳が赤くなっているのは気のせいではないだろう。
びっくりして。
どうしたの、なんて突っ込んでしまったイタリアに照れ隠しなのかドイツは無言でずんずん歩きだした。
「ちょ、ちょ。速いよ、ドイツ」
と、今度はぴたりと足を止めたものだから、わぷとイタリアはぶつかった
すうと体に息を吸い込んでドイツは何かを決心したように口を開く。
「お前がいつも俺に伝えているように、俺も伝えたかったんだ」
「え」
「ちゃんと、その、俺も同じだと」
「ドイツ」
「それだけだ。もう言わないからな」
それだけ言うとまたドイツは黙ってしまった。
不器用なドイツらしくて、じんわりとイタリアは嬉しさを抑えられなくて。
ちゅっと頬にキスをしたら、道端だったので今度は怒られてしまった。
でも、それでもぎゅっと握ったら強く握り返してくれたから。
イタリアはへにゃっと顔を緩ませる。
そんなイタリアの横で、ドイツは満足そうに口元をあげる。
伝えるのも、伝えられるのも、いいものだと少し思って。
だが、やはり照れくさくてイタリアのようには無理だけれど。
たまには、こんな日もあっていいだろうと、なんだか幸せな気持ちで家路に向かう。
背中に伸びる影が二人ぴったり寄り添っていた。