そんな穏やかな春の日
気持ちいいぐらいの青天。
ぽかぽかと春の日差しも注がれて、遠くで猫が伸びをしている。
しかし、そんな陽気に似つかわしくない声が響く。
「いいか、今から教えるのは敵に囲まれた時の対処法だ!いかに相手を油断させるか・・」
「なるほど」
ドイツの演説に、日本は真面目な顔でメモを取り続けている。
時に手を挙げ質問する日本はまさにお手本にしたい生徒№1。知らず、ドイツの説明の熱もあがる。
が。
ふわぁ
そんな雰囲気も一発で破ってしまう気の抜けたあくびが耳に届き、二人は脱力をして日本の後ろに目をやった。
発信源のイタリアは寝っ転がって、のん気にごろごろと芝生の上で一人遊んでいる。
すっかり綿帽子になったたんぽぽをふぅっと吹いては広がっていく様をにこにこと見つめている。
「おい、イタリア」
「ん?何?ドイツ?」
「やる気がないなら帰れ」
大木のように威圧感丸出しで見下ろすドイツ。その様子はいつもと同じなのに、何故か怒気がない。
日本は疑問に思い、首を傾げた。
ぶぅっと唇を突き出して、イタリアは抗議する。
「ちゃんと聞いてるよ~。ドイツの声、大きいからちゃんと届くし。それに俺はやる気がないわけじゃないもん。立てないだけだもん」
「っ・・!」
イタリアの責めた調子に、何故かドイツはぎくりと慌てている。
「立てない・・?何かあったんですか?怪我でも」
「だるいんだよ~。腰痛いし。ドイツがさ、なかなか」
正直者のイタリアはむぐっと口を塞がれて声を詰まらせた。
「ちょっと調子が悪いようなんだ。風邪のひき始めかも知れん。仕方ない奴だ」
わははと、ごまかしているドイツの下で苦しそうにイタリアはもがいている。
あからさまに嘘が下手なドイツを見て、事情を知った日本は全く・・と冷めた目で二人を見る。
「・・今日の訓練、言ってくだされば、休みましたのに」
「・・面目ない」
「ドイツがね、休んだほうが怪しまれるって。何がそんなに恥ずかしいんだか、ねぇ」
ドイツの手を搔い潜って、イタリアが不満そうに発言する。
「恋人なんだから、野獣になる夜だってあるよね。日本もわかるでしょ」
「え・・?」
自分へと邪気なく飛んできた同意に、不意打ちをくらって日本は固まった。
「いいから、お前は黙ってろ」
見る見る赤くなっていく友人に同情を持ちつつ、額に手を置いてドイツは項垂れた。
もう少し、恥じらいを持て・・お前は。
あと空気を読め。
・・・日本、お前も反応があからさま過ぎる。
追い打ちをかけるようにイタリアはまだ「情熱的で良かったのに」とか、「隠すことでもないし」なんて独り言のように呟いている。
そんな言葉の一つ一つに動揺を隠せないドイツは、イタリアが何か言うたびに、ウっと体を固くしている。
「イタリア君・・」
流石に可哀そうだと日本が止めようとイタリアを見ると、うっすらと口元に笑みを見つけた。
ドイツに背を預けているものだから、彼からはイタリアの様子は見えない。
「なるほど」
ぽつりと呟いた日本を見ると、感心したようにイタリアを見つめている。
そして、くすっと笑って。
「わざとですね、イタリア君」
「は?」
意味を掴めないドイツが一人怪訝に眉を寄せる。
こつんと後頭部が胸にあたり、下を向けばえへへと満足そうなイタリアの表情。
「だって、こんな時しかドイツに勝てないんだもん」
「時間がたてば折角のチャンスも活かせませんからね。ためになりますね」
「弱いところはすぐに突くべし。これ、基本中の基本だからな」
偉そうにイタリアがドイツの真似をして、腰に手をやってふんぞり返っている。
二人が何を言っているのか未だ理解できないドイツは、知りたいながらも中に入ることができない。
疎外感と言うのはこういう時に感じるのか・・。
ドイツが少し寂しさを感じていると、イタリアが急に振り返って抱きついてきた。
「ハグハグ」
「な、なんだ」
行き場のない手を宙にさ迷わせて、身動きがとれなくなったドイツ何が何だか分からない状態に陥っている。
「ドイツはね、知らなくていいんだよ~」
「は?何を」
「俺がいつもドイツに勝てないって話」
「それは、お前がちゃんと訓練を」
「違うよ。どんなに俺が強くても一緒なんだよ」
「・・訳が分からん」
照れくさくて嫌がりながらも、ドイツが自分を無理に引きはがさないのをイタリアはよく知っている。
だから、とばかりに調子に乗って回した手に力を込める。
押しつけた胸から聞こえる早鐘の心臓がイタリアの気持ちを強くさせていく。
「今日はこれでお開きですね」
でも、イタリア君。
君が勝てないようにきっとドイツさんも同じですよ。
ためらったあげくのドイツの手は頭の上に乗せられていて、さやさやと春の風に揺れる亜麻色の感触を楽しんでいる。
すっかり埋もれてしまったイタリアの顔は見えないけれど、全開に緩みまくっているはずだ。
春だからこそ、穏やかなそんな日もあっていいだろう。
昼寝から起きた猫がにゃあと擦り寄ってきたのを抱き上げて、日本はそんな微笑ましい光景を見守っていた。
惚れた方が負けだと言うけれど、どっちが勝ってるかなんてきっとおあいこの勝負。