真昼の情事

 

「あ、ん」

ドイツに割り当てられている事務室のソファーの上。

ぎしりと、革製の布地が擦れて音をたてている。

「やぁ、ドイツ。もっと、奥。奥、突いてぇ」

「イタリア・・っ!」

「あぁ・・っ」

望まれた通りにドイツが動けば、イタリアの嬌声が部屋中に響いた。

そっと。

空に伸ばした手はドイツによって絡めとられ、頭の上に縫い付けられる。

「ん。好き。好きだよ」

うわ言のように繰り返すイタリアに、ドイツは荒々しい口付けでその想いに応える。

愛していると全身で伝えるべく、ドイツは再び動き出した。

 

 

ロマーノは扉の前で固まっていた。

もう頭は真っ白で、今自分の目の前で繰り広げられている光景に理解が追い付けない。

 

 

「何やってんの」

耳元の突然の声に、やましくもないのに、ロマーノはぎくりと体を揺らす。

「ス、スペイン」

「姿見ぃひんなぁと思って探してたらこんなとこにいた。なぁ、ロマーノ。これから」

へらへらと笑うスペインの声が大きく聞こえて、ロマーノは慌てて口を塞ぐ。

自分がここにいることを中にいる弟たちに知られたくはない。

訳の分からないスペインが「ほうしたん」とこもらせた声で聞いてくるが、それよりも早くロマーノはここから立ち去りたかった。

「いいから、あっちに」

『やぁっ』

扉を閉めるのを失念していた。

漏れ聞こえた、いかにもな声にロマーノは言い訳を一瞬考えたが、何一つ良い案は思い浮かばなかった。

「ロマ?」

「う、うるさい。馬鹿。俺は何にも悪くない!ちくしょう。この、くたばれ。コノヤロー!」

あわあわと真っ赤な顔で悪態をつくロマーノに、「出歯亀?」なんて見当はずれな質問をスペインは浴びせた。

「ばっ、馬鹿。俺は弟に大事な資料を届けに」

 

そう。ドイツの部屋にいるからと聞いて、ロマーノは嫌々ここに来た。

大嫌いなドイツには会いたくなかったが、弟のことはそれなりに嫌いではない。困った姿は見たくなかった。

扉をノックしようと思ったら、中から小さな物音と声がした。

それがなんだか普通じゃない気がして、ロマーノはそっとドアノブに手をかけ、ゆっくりと開く。

そして、隙間から見えた状況にロマーノは後悔することになる。

 

「だ、だいたい鍵もかけてないあいつらが悪いだろ・・!」

「確かに、もっと奥の見えやすい位置で性交に耽ったらええのになぁ」

「せ・・!」

「昼間から、しかもこんなとこでお盛んやとも思うし。しかし、ストイックそうに見えてなかなか、ドイツの奴」

望まれてもいない感想をスペインはぺらぺらと呑気にしゃべっている。ロマーノはそんなスペインを静かに睨み、そして。

「お前、平気なのかよ」

「ん?」

言葉の意味が分からなくて、スペインは首を傾げる。すると「お前、ヴェネチアーノのこと、好きじゃねーか」とぶすっとした顔でロマーノは呟く。

それが、少しやきもちを妬いた時の表情と似ていて、スペインは浮かれた気持ちを抑えきれずに自然と顔が綻ぶ。

「イタちゃんは大事な弟みたいやし、ショックと言えばそうかもやけど、でもそこまでやからね」

「ふぅん」

気のない返事をするロマーノはまるで信用していない様子。

そんなロマーノを安心させるべく、抱きしめて、スペインは囁く。

「俺が好きなんは、ロマーノやから。ロマーノ以外の子が誰とエッチしてようが、気にはせぇへんよ」

「なっ、お前、馬鹿じゃねーの。死ね、この馬鹿」

 

(ほんま可愛ええわ。この可愛さはある意味凶器やわ)

 

なんて、あくまで小声で叫ぶロマーノが純情で可愛くて、スペインはでれっと目尻を下げる。

すると。

「ちょっと待て」

散々、罵声を浴びせていたロマーノは太ももに違和感を感じて低い声を出した。

「今すぐ俺から離れて、その汚いモノをなんとかしろ」

「え?あぁ」

ふと、下に視線を落とせば、ズボンの中で自分のモノが窮屈そうにして張り出している。

あはは、とスペインは少し恥ずかしそうに力なく笑う。

「いやぁ、なんか煽られたみたいや。どうしょうか」

「知るか。俺には関係なっ・・!」

ロマーノは声を詰まらせる。スペインの手は中央に。ズボンの上から少し昂ぶらせたモノを包み込むように擦ってくる。

「やめっ」

「ロマーノやって当てられてるやん。こんな状態でどうするつもりなんや」

「馬鹿、擦るな、あっ」

次第にピンク色に染まってきた肌がスペインを更に興奮させて、人目も気にせず彼に口づけた。

舌を差し込めば、条件反射なのか、くちゅりと積極的に絡められて。

そのまま奪うように激しく、口腔内を舐めまわし、強く舌を吸った。

「んっ、ふっ、っ」

洩れる吐息が情欲を誘う。

 

(あかん。たまらんわ)

 

ふいに、後でものすごく怒られる自分を想像したが、スペインはもう自分を止められなくなっていた。

まだ、扉の隙間から微かに聞こえる官能的な声と音が更に火をつける。

それに、離した唇から零れる唾液を拭おうとせず、とろりと目元を赤らめて荒い呼吸を繰り返しているロマーノ。

そんな恋人の艶やかな姿に我慢できる男がいるのなら見てみたい。

 

だが、流石に人通りが少ない時間帯とは言え、廊下でこのまま続けるのはまずいと、スペインは近くにあった倉庫にロマーノの手を引いた。

 

服はもう既に肌蹴られて、露わになった胸には悪戯な手が這いまわっている。

見つけた尖った粒をこねまわし、首元を被りつくように舐めれば、面白いほどロマーノの体は跳ねた。

なんとか快感の波に攫われないよう、ロマーノは必至に声を噛み殺そうとする。

「ロマーノ。声、我慢せんでええで」

「ふざけ、あぁっ」

「可愛ええ声、聞かせて」

開かれたズボンから出された彼の分身に添えられた手をゆっくりと動かせば、抑えきれない喘ぎが口から零れる。

溢れ出した蜜の滑りも借り、遠慮なくスペインは昂りを激しく扱いていく。

ダイレクトに伝わる痺れが切なくて、ロマーノはスペインの裾を指先で強く握りしめた。

「んんっ、は。あっ・・やっ、もう」

「もう、あかんか?」

スペインはロマーノの限界を感じて、先端を親指でぐりっと押した。

「やぁ、それ、ダメ・・だっ。あ、あぁ・・っ!」

びくん、と一瞬硬直したロマーノは思い切りスペインの手に熱を吐き出す。

途端、ずるりと力の抜けた体をスペインは慌てて、支えた。

「いつもより感じてたやん。場所が場所なだけに興奮した?」

にやっと意地悪い表情を浮かべて、スペインがろくでもないことを言う。

ハァハァと乱れた呼吸を整えながら、「くたばれ」とたった一言、ロマーノは掠れた声で非難した。

だが。

ぬるりとした感触と共に後ろに入ってきた異物に、息を呑む。

「ごめん、何もないから、これで我慢して」

その言葉に、さっき自分が放った白濁が換骨剤代りに使用されたと悟り、かぁっと顔が熱くなる。

ロマーノは悪態をつこうとした。

が、中に埋め込まれた指を押し広げるように動かされ、口から出たのは甘い嬌声。

ぐちゅぐちゅと鳴る嫌らしい音が自分から発せられているとは信じたくはない。

2本、3本と増えた指が勝手気ままに自分の中で暴れているのに、感じるのは痛みでなくて激しい快感で。

触られてもいないのに、また自分の雄は硬くなってぽたりと先走った蜜が床に染みを作っている。

「や、あ、あ」

「ロマ」

ズルリと指が抜け出て、次に宛がわれたのは見知った熱い感触。

「後でなんぼでも殴られるから」

「あぁっ・・!」

ぐいっと腰を引き寄せられたかと思うと、早急に奥まで挿入ってくる。一呼吸すら置く暇さえ与えずにスペインは激しく腰を遣いだした。

内壁を擦りあげ、掻き回し、突きあげる。強すぎる悦楽に体ごと意識が持っていかれそうになる。ガクガクと揺さぶられる体は蕩けて、スペインの手が支えてくれていなければ、今にも崩れそうだった。

「ぁあ、んっ、・・あっ、んん・・っ、ふぅ」

不安定な体が怖くて、縋った手は無意識に自分を犯す男に回されていて。深く貫き、奥を穿てば、包み込むように内壁が締め付けるのが分かる。

痛いくらいに張りつめた自分自身は、スペインの腹部に当てられていて、少し動くたびに擦れて甘い痺れが体中を巡る。

「んん、・・ぅあ、あぁ、ん・・っ」

「きつ・・ほんま、たまらんわ」

「んっ、も・・やぁ」

背中にある冷たい壁の感覚と、埃っぽい空気のせいで自分たちのいる場所が頭から抜けきれなくて、ロマーノは泣けてきた。

「これ、じゃ、弟のこと、んっ、何も、言えない」

「しゃあないやん」

さらっと、乱れた呼吸の中、スペインは微笑って言う。

「好きやから、欲しくなるねん」

 

『好きだよ』

 

ふっとよぎった弟の台詞は、叩きつけるように最奥を穿たれて霧散した。

感じる場所を集中的に攻められて、体の中で暴れる熱は持て余すほど高まっていく。

「あっ、あっ、待っ、スペ・・イン、俺、も、う、んん、っ」

「ええよ。イって」

限界を請えば、律動は激しさを増した。抑えがたい放出感が下肢を震わせる中、一際強く突き上げられて、甘い痙攣が体を襲う。

「んん、ん、ぁっ、あっ、あ・・あぁあ・・っ!」

「っ!」

ドクンと熱が弾けるのとほぼ同時に、体の奥に熱いものが広がる。絶頂を迎えた余韻をやり過ごし、大きく息を吐いた。

「ロマ」

肩口に汗ばんだ顔を押し付け、ぎゅうっと抱きしめられる。朦朧としていた頭が冷静になって、殴りたい衝動が沸き起こってきたけれど、何故かロマーノはそうしなかった。

ヴェネチアーノとドイツのお互いに絡められた手がロマーノの脳裏に焼き付いている。

 

(好き、だから・・か)

 

まぁ、いいとロマーノは思う。

怒るのはもう少し後で。今はこの不思議と込み上げてくる温かな感情に従ってみよう。

トクトクと触れ合った胸から伝わる心臓の音を心地よく感じながら、ロマーノは目を閉じた。

 

 

「何だ、これは」

「え・・と。親切心やと思うで」

ふるふると震えるロマーノに、少し困った様子でスペインは答えた。

倉庫のドアに貼り出された紙には「立ち入り禁止 幽霊出ます」の文字。

「あ、兄ちゃーん」

手を振りながら、ヴェネチアーノが無邪気に駆け寄ってくる。その隣にいるドイツは少し顔を赤くし、視線をさ迷わせた。

「イタちゃん。この貼り紙・・」

「俺、親切でしょ。ちゃあんと人払いしてあげたんだよー。鍵閉まってなかったし、気をつけないとね。ちょっと、びっくりしたけど、俺、祝福するよ」

「おい、イタリア」

慌てて、ドイツが止めるももう遅い。

ロマーノは可哀そうなほど真っ赤になっている。

「す、すまないな。おい、ほら行くぞ」

「えー、なんでぇ」

「いいから行くぞ」

あまり深く考えないヴェネチアーノはドイツに引っ張られるまま、じゃあねーと呑気に引きずられていった。

後に残された二人は。

「あのジャガイモ野郎。元はと言えば、あのやろーが俺の弟たぶらかしたせいじゃねーか。やっぱり気に食わねー・・」

「まぁまぁ、悪気があった訳やないんやし。それに二人も俺らみたいにラブラブしとっただけや。勘弁してあげーな」

ロマーノの殺気めいた様子にも気付かず、鈍感スペインは自分で怒りの矛先を自分に向けると言う荒技に出た。

さっきまでの甘い雰囲気を引きずっているのか、スペインは調子に乗って手を肩に回そうとするも、ぱんっと良い音を響かせはねのけられる。そして。

すごい剣幕で睨みつけるロマーノを見て、やっと事態を悟った。

「しもた・・」

ガツンと思い切り膝で太腿を蹴られ、鋭い痛みに声もなく蹲る。

「くたばれ、このやろー!」

ズンズンと怒りを隠そうとしない足音が遠ざかっていくのを涙目で見送りながら、これからのフォローのことを考え、スペインは大きく息を吐いた。

スペインの求める甘い日々はまだまだ遠いようである。