風邪の時には〜ロマーノの場合〜
くらり。
なんだか体が重いと感じた時にはもう遅かった。
「まずい・・」
ロマーノはふらつく体を壁にもたれさせたが、支え切れずにズルズルとその場にへたり込む。
動悸が激しく、吐く息も荒い。
「・・風邪、だな」
そう自覚した瞬間、ずしっと辛さが増した気がした。
動くことも億劫に感じて、ロマーノは本格的に座り込む。
もともと人気の少ない場所。今はめっきり人がいない。助けが来るまで時間がかかりそうだ。
たった一人。
呼べば血相を変えて飛んでくるであろう男はいる。
うるさいぐらい愛だの恋だの、周りなどお構いなしに騒ぎ立てる、あの恥ずかしい男。
自分以上に自分を大切に考えていると、大げさに言う彼ならきっと、仕事も放って駆けつけてくるに違いない。
そういえば、とロマーノは思い出す。
昔、こうして苦しんでいたことがあった。
あの時はスペインのところにやってきたばかりで、頼ることなんて考えもせずに。
心細さや寂しさも原因なのか、ロマーノは熱を出した。
スペインは用事で出掛けていて、屋敷にロマーノは一人ぼっちで。
庭の隅で熱にうなされて、このまま死ぬんじゃないのかと、怖くて、怖くて泣いていた。
『ロマーノ、しっかりせぇ』
ぼんやりとした意識のなかで覚えているのは、やたら焦った声と、抱き寄せられた優しい温もり。
安心して眠ったロマーノが目を覚ますまで、その後彼はずっと傍にいて、甲斐甲斐しく世話を焼いていた。
『一人にしてごめんなぁ。もう大丈夫やから』
『うるせぇ。こんなん平気だ。お前の助けなんか借りなくたって・・』
『またそういう事言うて。しゃあないなぁ』
熱に浮かされながらも悪態を吐くロマーノの頭を、呆れながらも撫で続けたスペイン。
その手を悔しいながらも心地良いと思ってしまった。
「ちくしょ」
次第に熱はひどくなり、頭は靄がかかったようにはっきりしない。
・・早く助けにこいよ、スペイン。
薄れていく意識の中、ロマーノはバタバタと自分に向かう足音を聞いた気がした。
ゆらゆら。
体が揺れる。柔らかい振動が伝わって、なんだか気持ちいい。
ぼんやりと。
夢から覚めて、目に映ったのは肩越しに見える地面。
少し熱っぽい頭はクリアになるまで時間がかかり、自分の現状の違和感に少し気付くのが遅くなった。
「っ・・!」
おぶわれている。しかも。
「ん?気がついた?」
「なんで・・」
ここはいつも家路に向かう道。
鮮やかなオレンジを背負って、スペインが少しだけ顔をこちらに向ける。
「びっくりしたわ。ロマーノが倒れてるんやもん。少し様子おかしかったから、気にはしててんけどな。慌てて探しに行ってよかったわ」
「お前、仕事どうしたんだよ」
「何言うてんの。いつも言ってるやん。ロマが一番」
「嘘つけ。馬鹿。たまに放置するヤローの言うことなんか信用なんねーんだよ、はげ」
きゅっと力が入らない腕で首を締めれば、苦しい苦しいと大げさにスペインが言う。
その様子がやけに気に障る。でも。
「一人にしてごめんなぁ。もう大丈夫やから。俺がずっと傍におって、ロマのことちゃんと見たるから」
『大丈夫やから』
ふっと昔の残像が重なって、不覚にも視界が滲んだ。それを悟られたくなくて、こつんとおでこを肩に押しつける。
「ロマ?」
黙って動かなくなったロマーノに、不審に思ったスペインが心配そうに声をかけてきた。
「感謝なんかしねーぞ。馬鹿スペイン」
もごもごと籠った声だったけれど。しっかりとスペインの耳には届いて。
その奥にある精一杯の‘ありがとう’にスペインは密かに頬を緩ませた。
「帰ったら、あったかいミネストローネ作ったるからな」
「トマトいっぱいいれろよ。コノヤロー」
きっとすぐに元気になる。
昔と同じ。お前が傍にいてくれるから。