君の為に出来ること
「何や、これは」
勝手知ったる我が家。
・・のはずなのに、目を瞑りたくなる惨状にロマーノは唖然とその場に立ち尽くす。
棚に置いていたはずのものはとりあえず床に散らばっていて、衣服も散乱している。
雑誌や雑貨も至るところで重なって、足の踏み場はないに等しい。
ところどころで目に映る破片は割れものや壊れものを意味していて、買ったばかりのクッションも中の羽を飛び散らせている。
壁の傷は幻ではないだろう。
そして、この少し芳しい香りは台所から漂っているのだろうか。
「もしかして、家中、こんなんちゃうやろな・・」
はは、と軽い笑いを零したスペインはこれ以上の追及を遮断した。
疲れた体をもっと追い込む羽目になりそうだったから。
「今日は休みだからな。暇だからお前の家ででも過ごしてやる」
さあ、仕事にと外に出たスペインの前にやけに偉そうなロマーノが現れたのは今日の朝。
「でもロマーノ。俺は休みちゃうんよ」
「ふん。お前がいない方が気軽に過ごせるし、全然問題ないんだよ、このやろ」
だったら、俺んちで過ごす意味はないんじゃ・・なんて突っ込みは口には出さない。
ひねくれ口を叩いてるロマーノだが、わざわざ足を運んだと言う事実が自分に会いに来てくれた=会いたがってくれていることを表してくれていて
嬉しさを隠す方が一苦労だ。
「なるべく早く帰るから、それまでなんとか暇つぶしといて」
ぽんぽんと頭を軽く叩いたら、「馬鹿にすんな、くそ」と可愛げない言葉が返ってきた。
とっておきの愛情表現やのになぁ・・。
子供っぽい扱いをすると、ご機嫌斜めになる彼に苦笑して、はっと時計を見るとスペインはあかんあかんと名残惜しい体を仕事場に向けた。
「・・帰って驚くなよ、馬鹿スペイン」
空耳と疑いたくなる小さな声を目ざとく聞きつけ、スペインは振り向く。
ドアが閉まる一瞬前、こちらを見たロマーノに悪戯を企んだガキ大将のような表情を一瞬見た・・気がしたスペインは首を傾げた。
なんだか不穏な気配がするわ・・。
もう確かめる術はないけれど、消せない嫌ぁな予感にぶるっと体を震わせて、スペインは渋々足を踏み出した。
やっぱり、俺の予知能力は完璧やわ。
なんとか歩けそうな道を探しながら、スペインは家の奥に進んでいく。
「ロマー。どこにおるんや、ロマーノ」
幾ら呼んでも帰ってこない声に、「あぁ、こりゃかなり」とダメージの深刻さを考えて、どうしたものかと頭をフル稼働させる。
下手な慰めの言葉は禁物。余計にこじらせる危険がある。
「ロマ。気にしとるからなぁ・・」
あの面倒くさがりのロマーノが意味もなく、こんな惨状を作り上げるわけがないとちゃんと分かっている。
だから、余計に傷つけたくはない。
そうは言っても自分のこと。「鈍感」だと周りにもお墨付きももらっている。
つまり、要注意なのだ。
「・・まぁ、なんとかするしかない・・か」
具体的な言葉も思いつかないまま、スペインは奥の寝室の扉をあけた。
思っていた通り、そこにいた探し人はベッドに突っ伏していた。
・・・やたらどんよりした空気を背負って。
「ロマ。おるんやったら返事くらい」
「はん。・・他に言うことあるんだろ。遠慮せずに言えよ。このやろう」
「・・・びっくりや。確かに」
わざとなのか、天然なのか。
スペインが口走ったと同時に思い切り飛んできた枕は、見事にスペインの顔にヒットして、彼の鼻を赤くした。
「痛いやないか。ロマ」
「うるせぇ!!むかつくんだよ。この野郎。どうせ俺はろくなこと出来ねえよ。笑えばいいじゃねーか。ちくしょうめ」
半分涙目できゃんきゃん吠えているロマーノ。
どこか甘い彼の、隠しきれてない本がシーツの陰から覗いている。
『癒しのインテリアコーディネート』や『疲れがとれる料理本』
不謹慎だと思いつつもそんなロマーノを可愛いと感じ、思わず崩れそうな顔を引き締める。
「ロマ」
「俺だって、俺だって・・。やればできると思ったんだよ。悪いかよ、ちくしょう」
「誰もそないなこと言うてへんやん」
ぐすと聞こえてきたすすり声に困った顔でスペインはベッドの端に腰を降ろす。
そういえば、とスペインは思う。
最近内職やら仕事やらに精を出して、ロマーノを構ってやっていなかった。
『忙しそうだな』
『うーん。今が詰め時やからな。やれる時にやっとかな。チャンスを逃したら・・またへこたれる事になりそうやんか・・』
『・・隈。ひどいぞ、お前。それに、なんかこころなしか瘦せ細ってる気も』
『はは。今頑張ったら、なんとか休めそうやし。それまでは根気と勝負や』
一昨日か、はたまたその前か・・なんかそんな会話をした覚えもある。
とにもかくにも、この意地っ張りは、自分を想ってサプライズで元気づけようとしてくれた訳で。
あかん。ほんま、可愛すぎや。ツボやで、ロマ。
「ロマ。俺はロマのこと誇りに思ってるって分かって」
「嘘だ。・・帰ってきたとき、ショック受けたくせに」
図星を指されて、ただの予測なのにスペインは少し言葉に詰まる。
「や、まぁ・・正直ちょっとどうしようとは思ったけども」
「ほらみろ」
すっかり通りの悪くなった鼻を啜って、充血した目でロマーノは睨む。
そんな態度を笑顔で受け止めて、スペインは大好きな亜麻色の髪を片手で掬った。そして触り心地を楽しむ。
「でもな」
「俺は素直に嬉しく思う。結果はどうあれ、ロマが俺のこと思ってしてくれたん。ありがとう」
黙ってしまったロマーノの代わりにスペインは喋る。
「ロマは昔から俺の元気の源や。ロマがいるから頑張れんねんで。いつも俺のこと一番に考えて動いてくれる、そんなロマーノにいつも支えられてる。
守ってくれたり、こうやって気を使ってくれたり・・それが凄い嬉しいんや。大好きな人に想われる。こんなに喜ばしいことはないで。
だから、ロマーノがいてくれるだけで、誇りなんや」
真剣な。そして優しい。
そんな気持ちが伝わってきて、ロマーノはシーツをきゅっと掴む。
すぅっと胸のつかえが消える。スペインはいつもそう。自分を甘やかす。自分を貶さない。
ありのままが、好きだと、言ってくれる。
「ま、俺はただロマが俺にちゅっとしてくれただけで、疲れなんてぱぁっととれるんやけどな」
「・・スペイン」
「何や?」
おずおずと顔をあげて、視線をさ迷わせると、何か決心したようにきゅっと唇を引き締める。
「ロマ?どうし」
口を開きかけたスペインは一瞬の出来事に理解できなかった。
けれど確実に唇に残った感触に、自分にとって何よりも幸せな出来事が起きたことは分かる。
「え、え、え。ロマ、今」
「元気出たかよ」
「ロマ~」
ぎゅうっと抱きつきながら、「もう一回」と強請ったスペインは「調子にのんな」と突き出した口を叩かれた。
そして。
「腹減った」
さっきまでの神妙な態度は何だったのか、あまりにもあまりの、いつものロマーノの台詞に呆れつつも、ほっとしたスペインはクスッと笑う。
「俺は動いて疲れたんだ」とぶすくれた顔でロマーノは「早く」と催促する。
多分、喚いた手前、自分がどうしていいか分からずとまどっているそんな彼が純粋に愛おしい。
「ええけど。台所がああやから、時間かかんで。それに他のところも片づけなあかんし」
「いいよ」
苦笑いしながら、ゆっくり体を起こしたスペインだったが。
「泊まる準備してきてるし」
続けて聞こえてきた台詞に、「え」と驚いてロマーノを見る。
「何だよ」
「いや、それってその」
「明日、休みだろ。だから。・・嫌だったら帰る」
さっと立ったロマーノを慌ててもう一度座らせて、スペインは「全然」と思い切り首を振る。
「ぱぁっと片付けて、用意してくるから」
びっくりするぐらい機敏に出てったスペインは、予想以上に早く帰ってくるだろう。
「げんきんな奴」
そう呟いて、ぽすっと背中を倒すと柔らかなシーツが受け止めてくれる。
ちらりと横に目をやると、衝動的に買った本が二冊投げ出されていた。
ロマーノはそっと手に取ると、フッと笑い、無造作にゴミ箱に向かって投げる。
「それは俺もか」
癒されるポイントを言うのなら、自分だって・・きっと同じ。
片づけなんて二の次にしたスペインと、美味しい料理を一緒に食べるのを楽しみに待ちながら、
ロマーノは決して伝える気のない「二文字」を唇に乗せた。