フィンランド的結婚のススメ

 

フィンランドは部屋の中央に聳え立つ一枚の布に、頭を抱えていた。

何故、これが自分の家に存在しているのか

何故、これが自分のものとして与えられているのか

 

そして何より、何故・・・目の前の男は頬を赤らめているのだろうか

 

「頭が痛い・・・」

自分だって、これに関して憧れていないわけではない。

むしろ、いずれ・・・なんて将来を想像して夢見たこともなきにしもあらず・・な訳で。

 

けれど、しかし問題は・・・これを使用する人間が実際「この僕」であることが問題なのだ。

 

純白のウエディングドレス。

 

2人の間にあるこの美しい花嫁衣裳は今、フィンランドが解決すべき悩みの種なのである。

 

 

事の発端は、昨日の夜のことだ。

フィンランドがお風呂の準備を終えて戻ってくると、スウェーデンはじっとソファーに腰掛けてテレビを見ていた。

画面には最近流行の恋愛映画。

珍しいもの見てるなぁと思いつつ、邪魔しないようにゆっくりと隣に座り、一緒にフィンランドもドラマを見ることにした。

物語も終盤を迎え、主人公の2人は上手く行ったのか、友人達に祝福されて結婚式をあげている。

女性の方は感極まったのか涙まで流していた。

その幸せそうな2人を見て、フィンランドは思わず「いいなぁ」と呟く。なんだかほんわかと暖かい気持ちになったからだ。

(結婚なんて実感沸かないけど、やっぱりこういう笑顔を見るとちょっと憧れちゃうよね・・・)

2人の新しい生活は上手くいっているようで、フィンランドはホッと安堵のため息をついた。

 

無事エンディングを迎え、しばらく余韻に浸っていたフィンランドだったが、お風呂のこともあり、隣にちらりと視線を移した。

と、ビクッとフィンランドは少しソファーを後ずさることになる。

何故かスウェーデンがこっちを凝視していたからだ。

「あ、あの・・・」

怯えながらもフィンランドは勇気を出して彼に話し掛けた。

「僕、何かしまし」

「いいけぇ?」

「え?」

問い掛けられた質問の意味がわからず、一瞬固まったフィンランドだったが、先ほどの映画のことだと思い当たり、あぁと口を開いた。

「そうですね。出来たらなぁとは思いますよ。映画の2人、幸せそうだったし」

「そっが」

憮然とした表情で、一人頷くと、そのまま押し黙ってしまったため、リビングにはテレビの音だけが響く。

何を考えているのか分からず、何て言葉を発したらいいのかフィンランドには分からない。

たまに、いやかなりの確率で、スウェーデンは一人で納得して話を先に進めてしまうため、フィンランドは置いてきぼりをくらうことが多い。

(いつものこととはいえ、ちょっと寂しいなぁ)

もう少し分かり合えて、仲良く出来たら・・・といつもフィンランドは思っている。

一緒に暮らしはじめて結構たつ。

扱いにくい人だが決して悪い人ではない。少し勝手な部分もあって、怖いときもあるが優しい人だということも知っている。

始めは強引に同居を決められたが、一緒にいるのも嫌じゃないし、もっと彼のことを知りたい気持ちがフィンランドにはあった。

(なんだかんだで、好きなんだよね)

 

ん・・好き?

 

自分の頭に沸いた言葉に疑問を持ったフィンランドは、思い当たった感情にはたと気づき、一瞬の間を持って赤面した。

火が吹き出そうという表現がぴたりとくるほど、どんどん顔が熱くなっていく。

                                                                                                                                                

それは、いつものスウェーデンの台詞。

言葉少ない彼が自分に教えてくれる感情。

 

(て、違う。違う違う違う違う)

脳内の沸き上がりそうな映像を消すために、必死にフィンランドは両手で抱えた頭を横に振った。

(あれは、スーさんの冗談だし、それに僕だってそういうつもりで考えたわけじゃ。そうだよ、僕とスーさんはあくまで友好的な)

「フィン」

「わぁっ!」

突然の声にフィンランドは思わず飛び上がりそうなぐらい、びっくりした。

見ればきょとんとしたスウェーデンが自分に向かって手を伸ばしかけている。

「え、えと」

「・・・大丈夫け?」

「は、はい」

「顔が赤い」

心配そうに見つめてくるスウェーデンの顔が眉間に皺がよっていて「怖いなぁ」とフィンランドは不謹慎にも思っていた。

「だ、大丈夫ですから。えと、あぁ、お風呂!・・お風呂入ってください」

思わず口調が強くなってしまい、スウェーデンに変に思われているかもと、確かめるのを怖れてぎゅっと目をつぶってしまう。

いまだ下げられないその手は触れるか触れないかの距離を留め続けていて。

次のスウェーデンの行動への怯えか、期待か・・・、自分の心臓がやけにうるさい。

「んだな」

「え?」

スッと立ち、自分の横をすり抜けて、お風呂場へ続くドアに向かったスェーデンを拍子抜けした顔でフィンランドは見送った。

「折角、フィンが入れでぐっだ湯が冷めたらもったいねぇ」

「は、はぁ・・・」

そのまま。

パタンと閉まる音と同時にへなへなと体から力が抜けた。

「僕って、もしかしてすごい恥ずかしい奴?」

自分の想像したことに脱力するフィンランドだった。

 

そんなこんなで。

2人の生活はいつも通りに過ぎていき、フィンランドもあの日のことなど記憶の隅に置き去りにしていたある日。

 

ピンポーン。

 

運命のチャイムはなった。

 

 

「お届けモノです」と陽気に叫ぶ声に「はぁい」と返事をして玄関に向かったフィンランドはそこに燦然と輝くウェディングドレスを見て、呆然と立ち尽くした。

はじめ、間違いで届いたのかと思ったが、宛先人は確かに自分で住所にも間違いはない。

流されるがままサインをし、「お幸せに」とにこやかに去る配達のスタッフを見送りながら、フィンランドは内心動揺していた。

まじまじと見つめても、疑いようが無いほどに、誰が見てもウェディングドレス。

(なんで、こんなものがうちに・・・)

と、そこでフィンランドはもう一人の住人を思い出す。

「まさか」

否定しきれない事実に頬に汗が流れ落ちるのをフィンランドは感じていた。

 

そして。

帰ってきたスウェーデンはフィンランドの予想を覆しもせず頷いて、あろうことか「誰の」と問い掛けるフィンランドにこちらも予想を裏切って

目の前の自分を戸惑いもせず指差したのだった。

 

そうして現在。

玄関から一番広い部屋に運ばれたドレスは、紛れも無くフィンランドの頭を痛めていた。

とりあえず話し合おうと、連れてきたスウェーデンを真向かいに座らせ、フィンランドはどうこの事態を切り抜けようかと思案していた。

「あの、スーさん?」

「ん」

「僕、男なんですよ?」

「あぁ、知っとる」

「じゃあ、なんでウェディングドレスなんですか!普通男子はタキシードですよ。ドレスは女の子の正装です!」

「・・・・」

ここに、友達のエストニアか誰かが居合わせたら、「突っ込むところそこじゃないよ」と教えてくれただろうが、残念ながらフィンランドの間違いを訂正する人物はいない。

「・・・似合うど思っで」

「そういう問題じゃないんです。だいたい、プロポーズもすっ飛ばしていきなりこんなの贈ったらダメですよ。混乱します。順序は大切にしないとだめなんです。僕が女の子だったら、そこを気にします!」

軽いパニック症状に陥っているフィンランドは完全に投げかける言葉を間違っていて、自分がドつぼにはまっていっていることに気づいていない。

 

そんな真っ赤になって、わぁわぁしているフィンランドを尻目に、スウェーデンはひたすら、舞い上がっていた。

彼の思考や表情を読めるものがここにいたら、まず間違いなく盛大に呆れ果てていただろう。

それほど、彼の脳内は、勘違いのオンパレード。

そもそも、スウェーデンは自分とフィンランドの関係を誤解していた。

(めんごいなぁ。そっだら慌てて真っ赤になって。戸惑って訳分からんぐなっと)

ボーッと見つめる彼の目には「嬉しいんだけど、どうしていいか分からない可愛い奥さん」にしか映っていない。

そう、フィンランドがずっと冗談だと思ってきた彼の言葉は常に本気。本気の本気。

そしてまたフィンランドの拒否は「照れ隠し」で自分たちの気持ちは通じていると思っていて。

 

2人はそこから基本的にすれ違っている。

 

「フィン」

そして、今日も旦那は暴走する。可愛い奥さんを射止めるために。

「幸せにすっど」

「スーさん・・・」

(だから、そうじゃなくて。どう言ったらいいんだろう)

たった一言「ごめんなさい」と言えばいいのに、それすらも考えられないフィンランドは格好の餌食。

と、言うかスウェーデンの思い込みをさらに増徴させるのに十分で。

じっと両手を握り、スウェーデンは熱い視線を贈る。そんな精悍な顔つきにただドキッと心臓がはねあがった。

(だから、違うって。見とれてる場合じゃないって)

昂ぶっていく感情と迫ってくるスウェーデンからひたすら攻防を繰り広げていた時、フィンランドははたと気づく。

「ちょ、ちょっと待ってください」

「んだ?」

慌ててストップを掲げたフィンランドは、言いにくいなと思いつつ、これを聞かないと先に進めないと思い切って口を開く。

「・・・というか、あの・・、スーさん、本気なんですか?」

 

間。

 

何が?と怪訝な顔でいるスウェーデンに罰が悪そうにフィンランドは俯いた。

(だ、だって、まさかと思うじゃないか。そりゃ、決め付けて流し続けてた僕も悪いけど)

耳まで真っ赤にして、うじうじと悩んでいるフィンランドに「恥ずかしがりやの妻の気持ちを引き出してやるのも亭主の務め」とスウェーデンははりきってとどめの一言を囁く。

「愛してる」

「っ・・・・!」

かっと全身から湯気が出るんじゃないかと思うぐらい一気に熱が上がる。

(待ってよ、僕、スーさんのこと嫌いじゃないけど、嫌い・・・じゃないけど)

最早、フィンランドの頭は熱が上がりすぎて受け入れる許容量を超えていた。

そのため。

「ド」

「ん?」

「ドレスだけは勘弁してください」

何故か断ろうとしていた頭とは大違いに口からは受け入れの言葉を発する始末。

少し残念そうに、だが、少し素直になっただけよしとするかと仕方なさそうに「ん」とスウェーデンは了承した。

(ま、これはこれで記念になっだだけええか。それにいづれ機会もあるかもしれんし)

とあまり諦めてはいなかったが。

さて、にたにたと(顔には出ていないが)嬉しそうなスウェーデンを尻目にフィンランドはひたすら焦っていた。

思い切って返事をしてしまったため、事態はあらぬ方向に進んでいる。

(ど、どうしよう・・・。恋人をすっ飛ばして夫婦になってしまった)

そして、何故かすんなりと関係を受け入れている自分に、何かがおかしいという事実さえ、舞い上がっている彼が気づくわけもなく。

 

ただ自分を抱きしめてくる大きな腕を振り払うことが出来ず、身を任せ続けていた。

 

フィンランドは分かっていない。

スウェーデンの勘違いがあまり間違ってはいないことに。

世間一般で言う「恋の高鳴り」を自分が経験していることに。

 

そうして鈍いフィンランドは気持ちの正体にも気づかないまま、ドキドキする心臓と格闘しつつ。

 

 (でも、今まで普通だったし、きっと大丈夫だよね。ゆっくり考えていったら。スーさんだって待ってくれるよ)

 

うんうんと無理やり納得して自分に明るい未来を想像していた。

 

だが、彼は知らなかった。

関係が前進したと思い込んでいる自称旦那が「その次」とばかりに不埒なことを考えていることに。

 

災難は続く